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お元気ですか、
かにかまです。
最近、遊びについて話す機会があり、
ヨハン・ホイジンガという人の
『ホモ・ルーデンス』(人は遊ぶ存在である)
の内容を紹介しました。
① 自由な行為である
② 仮構の世界である
③ 場所的時間的限定性をもつ
④ 秩序を創造する
⑤ 秘密をもつ
というのが遊びの定義だと言い、
文化や学問も遊びから生まれた説を唱えています。
ということを言うと、
「そんなのつまらない」
「遊びの冒涜だと思う」
といった反応をいただきました。
おそらくですが、
固く考えたりせず自由に遊びを楽しみたい
という気持ちがあったのではないかと思います。
私も賛成です。
ですが、少しの違和感を感じていました。
というのは今考えると、
ヨハン・ホイジンガのように
遊びの定義を考える
というのも遊びではないかと思うからです。
遊びの定義を考える遊び。
こういった、
考えて遊ぶというのも人だからできることで、
それを堅苦しいのはダメだ
というように考えるなら、
遊びの幅を狭くしているような気がしたのです。
遊びの冒涜という言葉こそ、
遊びを冒涜しているのではないか。
そんなことを考えた次第です。
とはいえ、
合う遊びと合わない遊びはありますね。
仏の目から見れば、
この世のすべては遊び、
悩んだり苦しんだりしているのも遊びなのだ、
という感じですが、
そこまでいったらもう人間ではないのです。
私の場合は、カラオケとかは苦手です。
病気とかも嫌です。
また、
妻に山椒魚の話をすることがありますが、
「気持ち悪い」
と最近本気で嫌がられるようになったので、
あまり山椒魚の話をしなくなりました。
代わりに、
ネットの海に山椒魚文書を放流する遊びを行っています。
おそらくこの遊びが合わない人、
山椒魚のことはあまり好きではない人のほうが
多いのではないかと思います。
でも私は山椒魚が好き。
山椒魚になりたい。
私自身が山椒魚になる。
という気持ちで、
山椒魚の語り部1という話を投稿しました。
山椒魚の語り部1
その2を今書いており、
もう少しで投稿できると思いますので
よろしければ、楽しみにしてください。
何か取り上げてほしいこと
(ブログ記事などでも!)
よく分からなかったこと
興味のあること
悩んでいること
こんなふうになりたい!
こんなことしたい!
などあれば、
お気軽に返信してください。
ではまた、
自分自身を王様のように
「おもてなし」していきましょう。
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