Share this emailCopy the public link or share it on your favorite channel.
お元気ですか、
河西数真()です。



最近キルケゴールのことを
さらっと学ぶ機会があったのですが、
簡単に言うとこういうことらしいです。



「死に至る病とは《絶望》のことであり、
神の前に自己を捨てる信仰によってのみ
この絶望から脱することができる」
https://note.com/ksasaki3/n/n2b1f999ddce9から引用



哲学者が信仰と言っても
現代においては意味が違うような気がします。



一般的な宗教のイメージというよりは、
記事にあるように
「生きるためのよすが」「道標」
ととらえたほうがわかりやすいのではと思います。



少し具体的に言い換えれば、
「〜があるから生きることにする」
という言葉の穴埋め。



それがゲームであっても、
今期のアニメであっても良いのでしょう。



アセンブリック教的に穴埋めすれば、

原子が組み合わさって複雑な分子を作り、
生命を作っているように
自己と世界の関係性から価値を生み出す
可能性があるから生きることにする

となります。



私個人に当てはめてみると、

プラント建設現場で人と一緒に
悩んだり苦労したり
馬鹿話をしたりすることで
活き活きと働ける居場所を広げられる可能性
を信じるから生きることにする

という感じになるでしょうか。



しかしここで、
「〜」がなくなってしまったらどうでしょうか。



ゲームをやり込んで、
データ的な数値もボスの動きも分かって
飽きてしまったら。



何をやっても大体結果がみえてしまうことで、
可能性を認識できなくなったら。



人生に飽きてしまうかもしれません。



人生をなめているあなたなら
なんとなくわかるのではないでしょうか?



人生に飽きてしまったら、
何もしたくないキルケゴール日記を書いてみましょう。



私は全然気が乗らない、私は馬に乗る気がしない、運動が激しすぎる。私は歩く気がし
ない、くたびれ過ぎる。横になりたくもない、何故なら横になったままでいるか、それ
は嫌だ、あるいは再び起き上がるか、そしてそれも嫌だからだ。結局私はまったく気が
乗らないのだ。

江口聡『キェルケゴールの「鬱」とその対策*』


食べるのもめんどくさいし、
食べた後うんちするのも面倒だし、
息をするのも心臓を動かすのも面倒
っていう時、ありますよね。



こういう面倒なことは
死んでしまえばなくなります、
というのは仏教的には睡眠欲だそうですが、
眠ってばかりでは満たせない欲もあります。



そうして「生きる」と「死ぬ」の間を
欲に導かれてふらふらと泳いでいるのが
両生類である山椒魚です。



山椒魚は、水の中で卵から生まれ、
幼生は水の中で過ごしますが、
手足が生えて幼体となった後は
一生のほとんどは陸の上で過ごします。



そんなわけで
山椒魚をネタとしてゲームシナリオを作りました。

サンドキャッスルTRPG『グラスクリークの霧』



こちらでセッションの募集をしています。
https://trpgsession.click/session-detail.php?s=171930823801kanikama123

7月9日(火) 21:00からの予定です。
見学可能でーす。
シスターかにかま



何か取り上げてほしいこと
(ブログ記事などでも!)
よく分からなかったこと
興味のあること
悩んでいること
こんなふうになりたい!
こんなことしたい!
などあれば、
お気軽に返信してください。




ではまた、
自分自身を王様のように
「おもてなし」していきましょう。



メルマガへのご意見ご感想は、
TwitterでDMを送っていただくか、
ハッシュタグ
「#kanikamamm」
を付けてもらえばチェックします。

こちらのリンクから
ハッシュタグ付きでツイートできます。
https://twitter.com/intent/tweet?screen_name=kanikama_jikoke&hashtags=kanikamamm

このメールに返信、
という形でもオッケーですよ!

感想・質問・ご意見などお気軽にどうぞ。
河西数真