「おはようございまーす」
近所で散歩中のおばあさんとすれ違いながら挨拶をした。
気を紛らわせたいとき、あたしはジョギングをすることにしている。体を動かすととてもすっきりするしね。運動習慣のおかげで、20歳を過ぎても引き締まった体を保てているのだと思う。あ、年齢のことは聞かなかったことにして。あたしは未成年。今年新入社員の18歳よー!
さて、すっきりしたところで、仕事仕事。今日もちゃちゃっと記事をまとめちゃうぞ~。
「んー。今回はちょっとはしょりすぎじゃないか? 情景描写をもっと詳しくしてほしいな。これだと読んでいる人は、早口でまくしたてられているみたいに感じてしまうぞ」
上司からは意外と指摘をされてしまった。そういわれてもなぁ。人の外見とか風景とか、あたし正直あんまり興味ないのよねー。
もっと本質的なことがあるんじゃない?
その辺、上司さんはわかっていらっしゃるのかしらー? 情景描写が大切だー、って言ってもそれはあなたの意見に過ぎないのではありませんか?
大体、早口でまくしたてられているみたいに感じた人が、実際にいたんですか?
あ、いたんですか。それでは仕方ないですね。
でもそれって、あたしが悪いんですか。読む側の人が、ついてこれないのが悪いのではないですか。どうなんですか。あたしは悪くない!
「いいからはやく修正しろ」
エラソーに! なんで他人からあたしが評価されないといけないのか。
逆ギレだと分かっちゃいるけど、腹の立つものは仕方がない。あたしは爆発する前に、取材の名目で外へ出て頭を冷やすことにした。
アンガーコントロールしているあたしって大人だよね。
外をぷらぷら歩いていると、見たことのある金髪オールバックの頭が見えた。
「あ、レオナルド!」
「おい、仕事中じゃないのか? サボりか?」
「いいえ。取材ってことで。お葬式?」
レオナルドは黒服を着ていた。生地を体の前で重ね、腰のあたりで帯を巻いている。葬儀用の服装だった。
服装を見れば、誰かが死んだのだと分かる。それを知って、あたしの気持ちは少し落ち着いてきた。イライラするようなことがあっても、結局みんな最後は死ぬんだから。
あたしを認めない上司さんだって、いつか死ぬと思えば気が晴れるものだ。
「ああ。リンゲルマンおじさんが亡くなってな」
「うそ! あと100年は生きるんだーとかめっちゃ元気だったじゃん」
「人はいつ死ぬかわからねーからな。俺もお前もな。
ただ、もうちょっと恩返しできる気がしたんだけどな」
そうつぶやくレオナルドの顔には、悲しさと寂しさが表れていた。
あたしには、その気持ちがわからない。
元気だった人が死んで少し驚きはしたのだけど。
「あたしもリンゲルマンおじさんにはお世話になったし、葬儀の準備を手伝わせて?
ちょっとは恩返しにならないかな」
本当は、人の悲しい気持ちを知りたいだけ。葬儀に関わったら分かるかなって。
「そうか、それはおじさんも喜ぶかもな。でも、いいのか?」
「いいのいいの。記事ネタがあるかもしれないし」
葬儀の時には、移動式の窯を用意する。死者に聞こえる場所で剣を打つのだ。死者の魂は、剣を打つ音を頼りに自らが宿る剣へたどり着くとされている。
あたしはレオナルドのひくリアカーに乗った。
「おい」
「ん?」
「リアカーに乗ったら重いだろ。手伝いたいのか? 邪魔をしたいのか?」
「あ、そうだった」
「お前なぁ。世話になった人が死んでるんだぞ。こういう時にふざけるものじゃねぇだろ」
あたしには、そういう時に真面目になる意味がわからない。
真面目にしたからっていいことはないでしょ。死んだ人が戻ってくるわけでもなく。
だったらいつもと同じように、ふざけて楽しんでいればいいじゃん。
でもまぁ一応大人だから、空気を読んで謝っておく。
「ごめん……」
素直な良い子を装って。そうみられていたほうがお得だと思うの。
葬儀の場についた。住宅街を少し離れた山の中。開けた場所にリンゲルマンおじさんの家があった。木造平屋のシンプルな家。おじさんに挨拶をしてから、玄関から7メートル離れたところに窯を用意していく。
あんまり家に近いと燃えてしまうからね。
耐火レンガを積み、炭を入れ、火をつける。そこへ勢いよく空気を送ることで鉄を加工するだけの高温を得る。あくまで加工用なので、鉄を完全に溶かすほどの温度はない。らしい。
レオナルドがリアカーから鉄の延べ棒を取り出す。
「手伝いありがとな。ここなら防音の用意はいらないだろ。おもいきり剣が打てるぜ」
ゴーグルと耳栓を装着し、耐熱手袋をはめ、ハシで延べ棒を火にくべる。赤白くなった延べ棒を金床へあげ、ハンマーで打つ。
カン!
色が濃くなるにつれて、音は甲高くなっていく。やかましくて、耳を痛めそうだったからあたしはその場を離れた。
家の中には、おじさんに世話になった人たちが集まっていた。おばさんは一年前に亡くなっている。
「クリスちゃん、手伝いありがとねー」
たしか、隣の隣の家のおばちゃん。
「いえいえ」
「この間まで元気で、山菜取りなんかやっていたのに、急に亡くなったからクリスちゃんもびっくりしたでしょう」
別に、そうでもないです。と答えたかったけどやっぱり空気を読んだ。
「そうですね……」
「おばちゃんも、びっくりよー。町内会の取りまとめ役になってから、困ったときには助けてもらってたんだけどね」
それはその、男女の関係的なあれですか。とふと思ったけど黙っておいた。
そこからは、故人の思い出話で盛り上がった。あたしはあんまり話に入れなかったけど。あんな時に助けてもらったとか、山菜取りに一緒に出掛けたとか、思い出を語ることが供養になるんだとか。
鉄を打つ音が響く。
話を聞きはじめて30分、あたしはくだらないなぁと思い始めてた。
一人の人が死んだことを、まるで一大ニュースのように語っているけど、世の中から見たら全然そんなことないからね? 一般人が一人死んだからって誰も注目しないし記事にはならないのよ。身近な人が死んだ時にはみんな勘違いしているけど、本当は泣くようなことじゃない。そう思うんだけど。
「うぅ……リンゲルマンさんっ。私寂しいよぉお」
隣の隣のおばちゃんが泣いている。
なんでそんな風に泣けるのかな? やっぱり男女関係的なあれだったのかな。
あたしも人が死んだときに泣くという気持ちがわかれば、馬鹿みたいに生きることができるかな。悲しいってなんなんだろう。
「あたし、今日はこれで失礼しますね」
「あぁ、来てくれて本当にありがとね」
玄関を出た。落ち葉が掃除された庭の先、ブリキ板で仮設した屋根の下。真剣な顔をしたレオナルドが剣を打っている。その音は、今にも降り出しそうな曇り空に響いていた。
なんて、時には感傷にひたるあたし。もっと人が死ぬところに立ち会えば、泣けるようになるかも!
タイトル案
・ジョギングは最高のアンチエイジング
・アンガーコントロールを覚える3つのメリット
・情景描写よりも大切なこと
・ご近所迷惑な鍛冶師さん
・リンゲルマン氏の不倫相手が死後発覚!
「できたぜ。リンゲルマンさんに捧げるこの剣の名前は、ンゲルマソードだ」
刀身から刃先まで均質な黒色をしている片刃の剣をかかげてレオナルドが言う。リとンはどこいった。語呂悪いし。
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