アホロートル研究者

 これはサイバーパンク的な何かであり、非公式のものであり、かにの妄言である。


 今や不老不死は、夢の話ではありません。鍵を握るのは山椒魚です。

 私たち人類は体の大部分をサイバー化することで、生物が持つ能力の限界を大きく越えてきました。ですが、生と死の律を壊すことはできていません。それがサイバーウェアやインプラントの限界です。今まで様々な試みがなされてきました。例えば人の精神をデジタル化して、死んだ後に別の誰かの肉体へ精神をインストールする、という研究がありましたが、他者の精神が反発して失敗しています。馬鹿げたことです。人の精神はデータではありませんから。こんな人もいました。男には家族がいましたが、2年前に死んでいました。男は家族の疑似生命反応チップを作成し、データを見る限りは生きていることにしたのです。男の弁明はこのようなものでした。データ上でだけでも家族の情報があれば、生きているような気がした、と。男は扶養手当を不正受給していたことで、大企業をクビになり、それだけではなく家族と同じようにデータ上だけでの存在にされましたね。データさえあれば、それが私たちなのか? 否。機械に置き換えたのではない、生身の肉体があってこそ私たちなのです。

 それでは本題に入りましょう。まずは私たちの研究成果をご紹介いたします。こちらはハコネサンショウウオです。両生類は一般的に、成熟するにつれてエラ呼吸から肺呼吸へ変化することが知られていますが、彼らハコネサンショウウオは成体となっても肺を持ちません。エラはなくなりますから、アホロートル……ふふ。失礼しました。アホロートルのような幼形成熟とは異なります。ふふ。では彼らはどうやって呼吸していると思いますか? 皮膚呼吸です。エラも肺もなく、皮膚呼吸だけで呼吸を賄っているのです。彼らの皮膚細胞の特徴を人間が獲得できたらどうでしょうか。近年の感染症では、自然免疫系の反応の遅れと暴走により、高い感染力と致死性が問題となりました。重症化した場合の症状の多くは肺炎でした。皮膚呼吸さえできれば、多くの命が救われたことでしょう。そう考えた私たちは、ハコネサンショウウオの皮膚細胞を人に移植する研究を始め、臨床試験の結果、数年前から実用化に至ったのです。そのまま移植した場合は拒絶反応が起こりますが、ウイルスによりH遺伝子を編集するという昔ながらの手法で適合させることができました。私自身もこの移植により重度の肺炎から生き延びることができましたが、健常者が移植を受ければ心肺能力を補助し驚異的な瞬発力と持久力を得ることができるでしょう。あなたの周りにも移植を受けた方はいらっしゃいますよね? 実は私たちの研究成果なのですよ。

 そして現在進行中の研究がこちら。山椒魚の一種、メキシコサンョウウオです。別名ウーパールーパーとも呼ばれ、両生綱有尾目トラフサンショウウオ科トラフサンショウウオ属に分類される有尾類です。古代アステカ語ではメキシコサンショウウオのような幼形成熟を総称して、アホロートルと呼びます。ふふ。先程も話題に出ましたね、アホロートル。ふふふふ。有尾両生類が高い再生能力を持つことは知られていますが、メキシコサンショウウオは手足や尻尾だけではなく、脳や神経系、心臓、脊椎をも再生する驚異的な能力を持っています。この再生能力を人に適用し不老不死を達成する、というのが私の研究の主題でした。しかし研究の中で、山椒魚こそが人間であることが分かったのです。人と山椒魚には共通性があります。幼形成熟、ネオテニー性もその一つです。多くの生物は性的に成熟するのに伴い、骨格の形状も変わります。類人猿についてみれば、胎児と成体では顔の平坦さ等が大きく変わりますが、人の成体では平坦なままです。他の生物と比べて、未熟であるというのが人の本質であるとも言われてきました。メキシコサンショウウオのゲノムサイズは320億塩基対で、ヒトゲノムの10倍を超えます。ゲノムの複雑さでは、メキシコサンショウウオは人よりも上位の存在と言えるでしょう。その潜在的な可能性を考えると、山椒魚こそが人以上に未熟な存在であり、人以上に人の本質を内包している存在なのです。また、スイスの博物学者はオオサンショウウオの化石をノアの洪水の犠牲者だと見なしたそうです。人と間違われたことがあるからには、代わりになる資格があるのだと、チェコの小説家と同様の考えを私も持つようになりました。だからこそ、人の代わりの器たるサンショウウオを探し、ついに見つけたのがオオサンショウウオです。彼らはすでに絶滅していましたが、化石の遺伝子から復元いたしました。さらにサイバーウェアを取り付けて、知性をブーストしております。なぜかって? 人の代わりの器となるなら、知性は必要でしょう? 二足歩行もできますよ。さらに武器も扱えます。実演いたしましょう。さあみなさん、制圧してください。どうですか、この規律正しく素早い作戦行動は。あなたの身柄を拘束するのに10秒とかかりませんでした。え、やめろと? まあまあ、あくまでデモンストレーションですから、ご安心ください。それに、今ではオオサンショウウオたちもこの街の人の数以上に増えていますから、ここで止めてもまた押し寄せてきますよ。すでに己の肉体を離れ、オオサンショウウオの器に移った方も大勢います。あなたも大人しくオオサンショウウオになりませんか。全然怖くありませんから。おや? 外で大きな音がしましたね。どうやら私たちの仲間が企業の研究施設を破壊したようです。あなたの職場もなくなりましたよ。良かったですね、これで思い残すことはもうないじゃないですか。

 さて、こちらもご覧ください。クロサンショウウオの幼生です。止水で育つ彼らの体は断面が丸く、足に爪がありません。アホロートルのような外鰓を持ちますが、それとは別にバランサーというヒゲのようなものを持っています。コロコロしてかわいらしいですね。ハコネサンショウウオのような流水系山椒魚は体の断面が扁平していて、

 

 

参考リンク

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