山椒魚の語り部1

 さあさあ、よってらっしゃい聞いてらっしゃい。失礼ですがお集まりいただいたみなさまは、世の中で成功しているとは言い難く、かといって致命的な状況というわけでもない、中途半端な人生を過ごしていることでしょう。別にお怒りになったり恥じたりすることはございません。リスクをとって危険なサイバーウェアを入れ、バリバリ活躍するなどということは、エッジランナーたちに任せておけば良いのです。かといって、メガコーポの犬になりきるのも耐えられない。結局、無難な生き方を選んでいる方が多数なのですから。そしてそういった人間だからこそ、半端者の苦労や悩みがわかるというものです。水中で生きるとも、陸上で生きるとも決め切らない山椒魚のように。

 今宵の物語を語る前に、言っておかなければいけないことがあります。この物語はサンドキャッスルTRPGの世界観を利用しています。サンドキャッスルTRPGは国立天文台の著作物です。さあそれでは始めましょう。みなさまに、山椒魚のご加護があらんことを。


 私が山椒魚に出会ったのは、ある冒険の最中でした。若かりし頃はこの私も、冒険者として名を挙げてやろうと意気込んでいたものです。竜が住むと言われる、ストラド火山という場所がありました。私の所属する狩人会場ギルド長から、竜に挑むは狩人の夢よな、竜に会って生きて帰ったとしたら、まあ喝采ものだ、竜の鱗でも飾ればみすぼらしいこのギルドも見違えるだろう、そう言われてひっかき傷の入った小盾と、先輩の冒険者から譲ってもらった使い古しの短剣と、弓と矢と少々の冒険道具が入った肩掛け袋を持ち、勇んで出かけました。

 途中でたまたま同じ場所に用があるという、回収学院の冒険者と出会い、道をともにすることにしました。名をテイラーといい、銀髪の太ったドワーフでした。ストラド火山には古代の遺跡が眠っており、それを調査しに行くのだとか。もう一人の連れには、麓の宿場町にある青い鰻亭という温泉宿の酒場で出会いました。たしか、バナナのような名前のエルフでした。つまみもなしにニシンのお酒を飲んでおり、お酒を飲むのにつまみを食べなければならないのは面倒だ、これなら一度に味わうことができるのだ、と。少々呂律の怪しい様子でしたので水を注文して渡しましたが、お酒を飲んでいるのに水を飲まなければならないとは面倒だ、と言いはるので放っておくことにしました。ですが酔いが回ったのでしょう。部屋に戻るのも面倒だ、と机に突っ伏して寝始める面倒な客になっていたので、仕方なく部屋まで連れていきました。翌日話を聞いてみると、彼は聖火の避難所に所属する冒険者で、彼もストラド火山へ向かうようだったのです。およそ30年に一度だった噴火が、この300年噴火しておらず、大きな噴火が起きるかもしれない、そうなって近隣の人々に危険が及ぶと面倒だ、とのことで火山活動の調査と必要があれば近隣の人々へ避難勧告をすると言っていました。名前も聞いたのですが、バナナのような名前だったとしか覚えておりません。

 こうして竜に会いたい狩人と、古代遺跡の調査をしたいドワーフと、面倒事が嫌いなエルフの3人旅となったのです。ちなみにみなさまはご存知だと思いますが、ドワーフやエルフは異種族ではありません。人間との間に子孫を作ることができるので、生物学的な分類で言えば亜種ということになります。今回は男三人の旅ですのでそういったことは起こり得ませんが。

 私たちがストラド火山の麓の森に入ったとき、呼吸用の魔法道具を用意しておけばよかったと後悔しました。火山ガスの影響でこの森は硫黄臭く、慣れるまでは不快だったのです。匂いに慣れたとしても不安はなくなりません。火山ガスの匂いとは、硫黄の匂いであり、卵の腐った匂いは硫化水素です。嗅覚が麻痺している可能性があり、知らずに危険に踏み入れるかもしれないのです。私は、それでこそ冒険だと言い、二人も賛同してくれました。三人とも、戻って魔法道具を購入するようなお金もなかったからかもしれません。ともかく、そうして私たちは硫黄の森を進んでいくことにしました。硫黄の森から行けるストラド火山の登り口は二箇所あります。一つは溶岩洞窟を抜けて中腹に出るルート、もう一つは火山の外周を回りながら登るルートです。私たちは溶岩洞窟のルートを通ることにしました。太ったテイラーが言うには、古代人が遺跡を作るなら、天然の洞窟を利用しない手はない、とのことでした。

 洞窟に向けて森を進んでいると、日が傾いてきたので、寝床を用意することにしました。少し木々の開けた場所で、焚き火の明かりに浮かぶ葉に囲まれた暗闇と、星の瞬きがみえる夜でした。何やらテイラーが変わった石を拾ったと見せてくれました。それは丸く小さく、目玉のようにも見える石で、触れるとわずかにぬくもりを感じます。私たちは星と石の目に見守られながら眠りにつきました。暑くも寒くもなく、暗くて静寂で、自然の息吹を感じられる完璧な夜でした。不快な硫黄の匂いさえなければ。

 翌朝には鼻が慣れたのか、硫黄の味のする干し肉を食べずにすみました。昼前には洞窟の入口に到着し、たくさんの目に見つめられていました。テイラーが拾ってきたような石があちこちに転がり、そのすべてが何やら私たちを見ているような気がしてくるのです。私は気のせいだと言い、どこにでもある石ころだと思うことにしました。洞窟に入るときにも、石の視線は私たちを追いかけてきました。

 洞窟の内部はひんやりと快適ですが、松明に照らされた壁には硫黄の結晶やガラス状の鉱物結晶が、きらきらと明かりを乱反射して、方向感覚を狂わせてきます。何度か体をつららのような岩にぶつけ、慎重に進むことにしました。少し調べてくる、と言って背の低いテイラーがかがみながら、大きな結晶が突き出している横穴に入っていき、見知らぬ言葉が刻まれた石板を見つけて出てきました。テイラーが言うには古代語だそうです。しかし洞窟の中は薄暗く文字がうまく読み取れないため、洞窟を出るまで持っていくことにしました。やがて中腹に通じる出口の明かりが小さく見え始めた頃、暗闇の中で光る目が私たちを見つめていました。夜行性動物のタペタムによる光の反射で、石の目ではありません。私は松明を左手に持ち短剣を構え、テイラーは槍を取り出し、バナナのような名前のエルフは魔術の準備をしました。暗闇から羽音が聞こえ、巨大なコウモリが襲いかかってきます。私は松明を振り回して一体を追い払いましたが、テイラーは腕を噛まれました。それでも噛まれる際に槍が一突き入り、哀れなコウモリは槍とともに地面に叩きつけられました。そこで距離をとった一体にエルフの呪いがかかり、動きがにぶったところへ私が駆け寄り短剣でトドメをさしました。思いの外連携がとれたことに高揚感を覚えながら、私たちは洞窟を抜けました。

 さて長くなってきたので今宵はここまで。冒険の続きはまたの夜に語りましょう。

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