「かったりーなぁ」
目の前の青年が頭を掻きながらつぶやく。
ここは彼の仕事場。そして、今日のあたしの仕事場でもある。
鉄をたたく音。うるさくて会話するのが困難だ。
「少し、静かな場所で話を聞かせてもらえないかな?」
「あ? まぁ、いいけどよ。手短にしてくれよな」
めんどくさがりながらも引き受けてくれるのは、あたしと彼が幼馴染だから。
うん、きっとそう。あたしは彼にとって特別な存在なんだ。
「じゃあ、レオナルド。仕事について聞かせて?」
あたしの仕事は新聞記者。今年から働き始めたばかり。
実は人手が足りていない。世の中の変化が急すぎて、人員確保が間に合っていないから。
働き方が多様化して、いろいろな仕事を選べるようになってきた。
魔王が復活しただとか、異世界から冒険者を召還しただとか、そんなこんなで新しい職業が成り立つようになった。
ま、遠くのお偉いさんが決めてることだから、あたしにはあんまり関係ないんだけど……
おかげで新聞社の仕事も、冒険者の情報だとか魔王軍の情報だとかがメインになってしまった。上司も同僚も、そっちの方で手一杯になっている。
あたしが子供のころの新聞といえば、近所で赤ちゃんが産まれたとか、今年は豊作だー、とか王都で疫病が流行っている、とか、平和な記事ばっかりだったんだけどなぁ。
「職業が増えたことで、自分に適した職業を選べなくなっている人がいる。
そんな人たちのために、いろいろな職業の人にインタビューして、仕事のやりがいとか特徴を記事にまとめてほしい。一大プロジェクトだぞ!」
なんて、威勢の良い言葉で仕事を任された。研修とか教育とか、ないのかよ? 水を流せば回る水車じゃないんだから。人間、言葉だけで動けって言われても無理よね~。って不満そうな顔してたら、
「いいか、これはお前の教育でもあるんだ、クリス。最近流行りのOJT(俺に聞くな。自分でやれ。頼むから)だぞ」
なんて言われる。
仕方ないから、幼馴染のレオナルドに話を聞いてちゃちゃっと記事にして、「あたし頑張ってます~」ってアピールしようって作戦。
「そうだな。鉄を打つ仕事だ」
「鉄を打って、何を作っているの?」
「いや、お前知ってるだろ。かったりーな」
「ん、まぁ知ってるんだけど。仕事的に一応聞いとかないといけないかなって。できる男のレオナルドから、改めて聞きたいかなって?」
レオナルドは仕事好き。仕事の話をしているとき、とても楽しそう。それに、かわいいあたしがこうやっておだてれば、ベラベラ話してくれるでしょ。楽勝。ちょろいちょろい。
「ふん。包丁とか、剣とか防具だな。人が死んだら剣を打つだろ? その人の魂が剣に宿って残された家族を守るようにって。そういう、葬儀用の剣を主に俺は打ってる。じいちゃんが葬儀屋だったしな」
この世界では鍛冶師が葬儀を執り行う。剣を打ち、人の魂を剣に込める。あたしの家にも何本かの剣がある。鉄を打つ窯は数組の鍛冶師が共同で使っている。大きな窯を使う方が効率よくて安いから。ちなみにあたしの父親は、共同窯の所有者なのよね。貸し出してるだけでお金が入ってくる。ちゃりんちゃりんビジネス。だからあたし、ぶっちゃけ働かなくてもいいんだわ。家にお金いっぱいあるからね。
「なるほどー。やりがいを感じるときってどんな時?」
「やりがいか……。わからねーな。お金がもらえた時か?」
あー。そのやりがいは、あたしには分からないんだわー。
「なんか、他にはないの? お金だけがやりがいって、ちょっと寂しいよ?」
「うるせーよ。金は大事だろ」
「まぁそうだけどさ。他にないの? いい剣が打てた時の充実感だとかさー。
そういうのないと、記事が盛り上がらないんだよねー」
「そういうもんなのか? じゃあ」
「そういうもんなの。オッケー決まりね。いい剣が打てた時、やりがいを感じる、と」
「いや、勝手に決めるんじゃねー。プロだからな、いい剣なんて打って当たり前だ」
「え、そうなの? レオナルドって、プロだったんだ」
「クリス。バカにしてんのか?」
「あ、ごめん」
ま、バカにしてるんだけど。いい剣って何がいいのかわかんないし、あたしの方がかわいいでしょ。
「そうだな……じーちゃんは、仕事をしている時、輝いて見えた。大きな背中だった。俺はあんな大人になりてえ」
「うわー。急にまじめな回答されるとくさいわー。あ、ごめん。つい心の声が」
「かったりーな……」
「でもでも、レオナルドのおじいさんってたしかに素敵だったね。なんていうか、人のためになることをするのが嬉しい、みたいな」
これはごまかしじゃなくて、いちおう本心。小さいころよく遊んでもらってた。
「そうか。そりゃよかった」
「ところで鍛冶師って給料いいの?」
「最近はかなりな。冒険者ってやつらが大勢くるだろ? 剣なんて打てば売れる状態だ」
「じゃあ、お金は良くても忙しいとか?」
「正直、忙しい。鉄鉱石の供給も間に合ってなくて、自分たちで掘りに行くこともある」
「へぇ、すごいね」
「いや、別に」
「謙遜しちゃって、さっすがー」
「いや、謙遜してるわけじゃない」
「そうなんだー」
「あぁ。忙しいからな。そろそろ仕事に戻る」
「知らなかったー」
「じゃあな。初級冒険者用の両手剣を打つ予定なんだ」
「センスいいね! って」
しまった。無意識に合コンの「さしすせそ」やってた。すごいね、からのルーティーンになってた。
これだけは無意識にできるようになっておけって、唯一研修で教えてもらったんだった。あのー、教えてもらったとおりにやったらインタビュー終わっちゃったんですけどー?
ま、いっか。今日の仕事おーわりっと。
帰り際に作業場をのぞくと、暗い作業場内に赤く照らされたレオナルドの顔が見えた。
タイトル案
・石ころ掘ってぼろ儲け
・【BL】掘りに行ったつもりが掘られてた
・剣打ちのプロに聞く両手剣の正しい打ち方
・人が死ねば鍛冶屋が儲かる
・剣よりかわいいインタビュアーがかわいすぎる件
「うん。タイトル案はなめてるね。けどまあ、初めてのインタビューにしてはいい内容なんじゃないか。来週の紙面に載るように原稿をまわしておくよ」
あんなのでよかったんだ。うーん、ざるチェック。これも、人手が足りないからこそかな。
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