死んでみたいという欲求をなめてる

なめてる哲学

お元気ですか、かにかまです。
かにかまって何?⇒プロフィールはこちら。

死んでみたい、という欲求ってありませんか?

厚生労働省によると、
日本の年間自殺者数は
2018年で20840人だそうです。

・参考資料(厚生労働省発表)

なぜこれほどの人が
自ら死を選ぶのでしょう。

そもそもなぜ人は死ぬのでしょう。

別に死ななくても、
永遠に生きていても
いいと思いませんか?

「死ぬってどういうことなんだろう」
「本当に自分は死ぬのかな」
「あ~死んでみたい」

この記事では、
死にたい、ではなく
死んでみたい
という衝動について
なめていきます。

「死にたい」を「知りたい」

死ぬとか怖いです。

怖くて想像もできません。

想像できないくらい怖いこと
なのに、それを選択するというのは
一体どんな気持ちなのでしょう。

それほどまでに人を
突き動かす感情は何なのか。

例えばアニメなんかで、
大切な誰かをかばって死ぬ
というようなシーンがありますよね。

もし私だったら
自分可愛さに見殺しにしそうです。

人が自ら死を選ぶ、
死ぬことを顧みず行動する、
その感情を知りたい。

死んでみたら分かるかなぁ。

死ぬことへの憧れ

漠然と「死にたい」
と思うことを希死念慮と呼ぶそうですね。

思えば私は、
わずかかもしれませんが
希死念慮がありました。

世の中に絶望して、
と言えばそうなのかもしれません。

友人が死んでしまった時、
「殺してください」
と当時信じていたものに祈ったこと。

今考えると馬鹿らしいし、
失礼極まりないけど、
死ぬことに憧れて
死んだ友人に嫉妬して
頭がおかしくなっていたように思います。

今でも間違いなく、
私の無意識のどこかには
希死念慮があります。

そうでなければ、
腐った肉を食べたりしないでしょうから。

腐った肉を食べると生きることに本気になれる
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自分だけは死なないと思っている

人はいつか死ぬ。

当たり前のことですが、
頭ではわかっていても
他人は死んでも、
「自分だけは死なない」
と思う気持ちがあります。

永遠に生きるんじゃないかと。

当時信じていたものに、
「殺してください」と
本気で祈ったにもかかわらず
生きている。

だから自分は死なない。

という論理も何もない考えで
自分は死なないと思っています。

「自分は本当に死ぬんだろうか」

「死ぬということに臨場感を持てたら
もっと本気で生きられるかも」

だから腐った肉を食べたのです。

それでも死ななかったので、
やっぱり自分だけは死なないかな~

人間を理解することをなめてる

自分だけは死なない、
と思いながら、
「死にたいと思う気持ち」
を理解したい
なんてなめた考えです。

人間というのは、奥の深い、計り知れない、未知なる存在なのだと思います。

だからこそ、人のことを少しでも理解しようと思うなら、自分の信じる正しさを手放し、自分が拠って立つパラダイムを手放すくらいの覚悟が必要なのです。そして、これはたしかに、「命がけ」といっていいくらいの勇気を要することだと思います。

『「これでいい」と心から思える生き方』より

死んでみたい
死にたい気持ちを理解したい
と思うのなら、
まさに「命がけ」ですね。

ごめんなさい、分かりません

死にたい気持ちとか、
死んでもいいと思えることとか、
理解しようとしたけど
しんどくなったのでやめます。

ごめんなさい。

私にはやっぱり理解できませんでした。

死にたくないし、
「命がけ」
なんて危ないこともしたくありません。

でもいつか
復活の呪文が開発されたら、

一度死んでみたいかも。

私には「死にたい」
という気持ちが分からないので
申し訳ないのですが、
もしそう思っている人がいたら、
こちらの記事を読んで
3日か3週間か、3カ月か
耐えてみたらどうでしょうか。

きょう、死にたいあなたへ
※あなたがもし子どもなら、こっち↓をよんでね。 「死にたい」と検索してここに来てくださったあなたへ。 まずは、…

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