豊崎由美氏の書評論『ニッポンの書評』

お元気ですか、かにかまです。

ブログをやっていると、書評を書きたくなることってありますよね。

私は結構、書評記事、書くのも読むのも好きです。

で、書評論の本を読んでみましたので、「書評」を書きますw

地雷原へようこそ。

尊敬と謙譲のこころ

「こんにちは、ガター&スタンプ屋のトヨザキです」

『ニッポンの書評』の著者、豊崎由美氏の挨拶です。

この挨拶の前には、書評家の仕事はもうすぐなくなり、ガター(切抜き屋)とスタンプ屋(評価)にとってかわられるだろうという引用があります。

挨拶が、「書評家のトヨザキです」だったとしたらどうでしょうか。少し、権威のあるような、偉そうな感じがしませんか?

自分自身を「書評家」ではなく、「ガター&スタンプ屋」と表現することは、謙譲の美徳だと思うんです。

また、本書のメッセージのひとつは作品に対する尊敬のこころです。

本を書くというのはとても大変だと聞きます。寿命を削って書いているような感覚、という方もおられます。

作品に敬意を表すことは、命を削って本を出してくれた作家の人生への敬意を表すことともいえるのではないでしょうか。

アマゾンレビューやブログなどでは匿名で書評を発表することができます。「人生を削って本を書いた作家」VS「匿名で作品を貶すレビュアー、ブロガー」では、不公平な戦いですよね。

「尊敬」と「謙譲」のこころ。書評を書く時、忘れずに持っておきたいと思います。

 

書評という文学

「書評も立派な文芸の一ジャンル」(142ページ)

書評というのは簡単そうで奥深いものです。

本の内容を引用したりまとめたりすれば、それなりに形にはなるものの、そこにも書き手の技量が表れます。

本質を見る力、前提知識。それらが切り取る視点の違いとなって表れてしまうんですよね。

本を読むたびに蓄積してきた知識や語彙や物語のパターン認識、個々の本が持っているさまざまな要素を他の本の要素と関連づけ、いわば本の星座のようなものを作り上げる力。(109ページ)

どうですか、この言葉のセンス。「本の星座」とか、かっこいい表現じゃないですか?

 

インターネット上の豊崎由美氏

著者、豊崎由美氏はインターネットでも活動されています。

○○王と聞いて何がいいたいか。

「書評王に、俺はなる!!」

しかし、サイトを見てみると違う言葉が出てきます。

愉悦というのはな、言うなれば魂の容(かたち)だ。
“有る”か“無い”かないかではなく、“識る”か“識れないか”を問うべきものだ。
綺礼、お前は未だ己の魂の在り方が見えていない。
愉悦を持ち合わせんなどと抜かすのは、要するにそういうことだ。」

サイト「20代からの仏教」より

くだらないことも書きましたが、『ニッポンの書評』おもしろいですよ。

以上、ガター&スタンプ屋見習いのかにかまでした。

いろんな人の書評を読んでみたい、ってことで近々書評コンテストを開催したいと思います。興味のある方は! ぜひよろしくお願いします。

 

お読みいただき、ありがとうございました。

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