筋トレが宗教じゃない理由

宗教

お元気ですか、かにかまです。

筋肉つけたくて、
下腹のたるみを解消したくて、
最近、習慣的に筋トレをしています。

世の中には、
「筋トレは宗教」
という意見があるようですね。

もしそれが正しければ、
宗教→自己啓発
と、はまってきた私が次に
筋トレにはまったとしたら、
胡散臭いものコレクター
になってしまうじゃないですかヤダー

ということで今回は、
「筋トレは宗教」
を全力で否定したいと思います。

目的の違い

そもそもの話、
宗教と筋トレでは
目指している目的が違います。

例えば宗教では、
人類の平和とか、
周りの人を笑顔にするとか、
精神的に成長することが本当の幸せ、
なんて言われます。

抽象的ですよね。

ぶっちゃけ、
胡散臭い
って思う人も多いと思います。

では、筋トレではどうでしょうか。

筋トレの目的は、
ずばり筋肉だと思うんです。

具体的ですよね。

じゃあ筋肉をつける目的は?
っていうと、

「たるんできた体を引き締めたい」
「モテたい」
「体のパフォーマンスを上げて
競争に勝ちたい」
「健康になりたい」

そんなふうに、
正直な欲望を満たすためだと思います。

「人類の平和のため」
なんて目的よりも、
清々しくて、私は好きです。

得られる結果の違い

目的が違えば、
得られる結果も違います。

宗教で得られるのは、
「心の平穏」
「励まし合えるコミュニティ」
「人生の真理」
などです。

ちょっと目的のスケールが大きくて、
人の一生だけでは達成できない
目的もあると思います。

だからコミュニティや文化を
次世代にも継続していって、
目的を目指していくわけです。

一方、筋トレで得られるのは、
「筋肉」です。

目的と結果が完全に一致していますよね。

一生のうちに十分目指せますし、
わかりやすくて最高です。

まぁその先の、
「モテたい」
とかって目的を達成できるかは、
確実ではないようですが。

キャッシュポイントの違い

宗教をやるのに、
お布施なんかをするのでなければ、
基本的にお金はかかりません。

月額会費とかもないです。

悪徳宗教とか、
作る側になったりしたら、
別でしょうけど。

基本的には、善意で集まったお金で
運営されているわけです。

人によっては、
「信者からカネを巻き上げる」
なんて表現をされるかもしれませんね。

ただ、私の経験から言うと、
お金を払っているのは一部の信者だけです。

一方、筋トレはお金がかかります。

自重トレーニングのみであれば、
ほぼお金はかからないでしょう。

ですが、負荷をかけようと思えば、
月額会費制のジムに通ったり、
筋トレ器具を購入したり、
お金がかかってきます。

また、プロテイン代など、
食事の面でも追加経費が
かかります。

どんな趣味にしても、
はまればお金をつぎ込む、
というのはある程度ありますね。

他人からどう見られるかの違い

他人からどう見られるかなんて、
気にしないほうがいいのかもしれませんけど、
やっぱり気になりますよね。

ということで、比較してみます。

「宗教をやっています」
と言った場合、
60%くらいの確率で
引かれます。

宗教をやっている人が10%、
やっていないけど
理解は示してくれる人が30%
という感じです。

一方、
「筋トレをしています」
と言った場合、
引かれることはありません。

みんな、理想の体型に
憧れているのです。

「お前は筋トレしても無駄だよ」
という声は聞こえなかったことにします。

コミュニティの違い

コミュニティは大切です。

人はどんな環境にいるかで、
受ける影響が大きく変わるからです。

宗教と筋トレを、
コミュニティという面で比較した場合、
その違いは、
権威の有無と、他人への干渉具合の差
だと思います。

宗教組織では、役職があったりします。

役職があるから偉いとか
そんなことは全くなくて、
むしろ会員に奉仕するように、
などと言われたりはするのですが、
人はどうしても肩書に影響されがちです。

役職についているからといって、
人が偉く見えたり、
「役職らしくしなければ」
と心が縛られたりするんです。

また、人が悩んでいたりすると
「なんとかしてあげたい」
とは多くの人が思うと思うんですが、
行き過ぎると、背負わなくてもいい
人の苦しみまで背負ってしまうことになります。

私が組織で部長をしていた頃、
悩んでいる会員さんをなんとかしたい、
と思って、思いつめすぎて苦しくなりました。

人の苦しみを背負えるほど、
強くはなかったんです。

筋トレには、組織も役職もありません。

コミュニティといえば、
知識を共有したり、
励まし合ったりする「仲間」であり、
そこに上下の関係は
基本的にはないです。

ジムでは、みんなもくもくと
トレーニングに取り組んでいます。

そこにあるのは、
自分の問題は自分でなんとかする、
自分の筋肉には自分で責任をもつ、
といった自立的な態度ではないでしょうか。

信じるものの違い

宗教というからには、
何を信じているかを
明らかにしなければなりません。

「宗教」という言葉の定義からみると、
人間や自然の力を超えたもの
を信じているのが宗教ということになります。

筋トレが宗教だとすると、
信じているのは
「筋肉」

ですがそれだと
人間の力を超えていないので
もう少し考えてみましょう。

「筋トレすれば筋肉がつくという、
筋肉を作り出す体の仕組み」

これでもまだ、自然の力を超えていませんね。

「筋トレすれば、
宇宙の価値観とつながって
願いが叶う」

これくらいいうと、宗教っぽくなります。

ですが、そんなことを言いながら
筋トレしている人には
あったことがありませんし、
話を聞いたこともありません。

以上のことから、
筋トレは宗教ではない。

というのが私の意見です。

まとめ

筋トレは宗教ではない、
ということをお伝えしてきました。

だから、
宗教に抵抗のあるあなたも、
安心して筋トレをはじめて大丈夫です。

一緒に健康になりましょう。

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