見て見ぬふりをしていませんか? 哲学カフェ尾道参加レポート

日常を楽しむ

お元気ですか、かにかまです。
かにかまって何?⇒プロフィールはこちら。

カフェで哲学を語り合う、
哲学カフェ尾道に参加してきました。

イベントページはこちら。

今回は、
「見て見ぬふりをしていませんか?」
というテーマです。

哲学カフェとは

哲学カフェは、1992年、
パリのカフェ・デ・ファールで、
偶然生まれました。

フランスの高校では、
哲学が必修となっていて
ある程度の人が哲学に興味を
持っているそうなんです。

そして何人かが、
「ちょっと久しぶりに哲学を語ろうよ」
と話し合っていたところ、
次第に参加人数が増えていき、
なんとラジオで放送されて、
結構な人が集まってしまいました。

「え、どうする?」
という話になって、
本格的にイベントとして始めたのが
哲学カフェだそうです。

日本では1999年からはじめられ、
200カ所くらいで開催されています。

哲学カフェは、年齢、性別、職業、
経験、社会的立場など、
あらゆる違いを超え、
誰もが対等に話し合う場です。

宗教の違いとかもね。

私が中学生の頃、
哲学に興味を持ったのも
そういう哲学の役割に
期待したからかもしれません。

当時は、
宗教の違いからもめる家族関係や、
世界で起こる宗教戦争の話を聞いて、
「みんな仲良くしろよ」
という怒りがあったと思います。

家庭内宗教戦争勃発 その時何が起こったか

哲学で扱うテーマは、
宗教についてもそうですが、
答えを出すことが難しい問題が多いです。

「お金があったら幸せ?」
「平等って何?」
とか。

人それぞれ意見があるため、
結論はまとまりません。

そのため哲学カフェでは、
対話そのものを楽しむこと
目的としています。

私としては、
客観視点が加わることで
一人で考えるよりも視野が広がる
というのが面白いと思いました。

開催場所:「antenna Coffee House」

哲学カフェ尾道は、
尾道駅から徒歩11分にある
「antenna Coffee House」
というカフェで開催されています。

「Antenna Coffee House」店内の様子

本が沢山ですね。

常連さんに聞くと、
本を貸してもらったり、
紹介してもらったりと
ブックガイド的なことも
できるマスターさんが運営しています。

お店のイベントページを見ると、
「しんどい」読書会
というのも開催しているようです。

本好きの方は
チェックしてみてください。

「antenna Coffee House」

見て見ぬふりについてこんな話をした

開催時間は2時間で、
今回は14名にて話し合ったのですが、
かなり話が広がって、
2時間もあっという間でした。

  • 仕事での「見て見ぬふり」
  • 対人関係での「見て見ぬふり」
  • 道路での「見て見ぬふり」
  • 「見て見ぬふり」を
    するリスク、しないリスク
  • 「見て見ぬふり」といじめの関係

「見て見ぬふり」って
こんな深いことだったのか、
と思いましたね。

例えば、友人の鼻毛が出ている時、
「鼻毛出てるよ」
と、あなたは指摘しますか?

真面目な話をしている時だったら?

友人ではなく上司だったら?

異性だったら?

私たちは、日常で
「見て見ぬふり」をするかしないか
結構複雑な判断をして決めています。

そしてその判断基準は
人によって違うものです。

鼻毛について指摘するかどうかも
違いがあるかもしれません(笑)

また、
「見て見ぬふり」と
「どう行動するか」は違います。

例えば、
道路で動物が死んでいるのを見た時、

「かわいそうだな。でも、
自分で埋めてあげたりするのは
めんどくさいな。見なかったことにしよう」

という人がいる一方、

「行政が管理している道路だし、
行政が片付けるのが仕事でしょ」

という人もいます。

どちらも同じ、
「放っておく」
という行動です。

とはいえ、
一方は見なかったことにして、
もう一方は見なかったことにはしていない
という違いがありますよね。

それらの違いは、
個人の価値観の違いに
よるものなのでしょう。

だから、
「見て見ぬふり」
を一概に悪いこととは
言えないのです。

では、
その価値観はどこから来るのか
という疑問については、
今回は話し合う時間はありませんでした。

哲学カフェで心が丈夫になる?

これは後から思ったことですが、
「見た」ことに対して
どんな行動をとるか、
どう考えるか、というのは
認知行動療法のモデルにそっくりです。

認知行動療法は、
歴史のある心理療法の一つです。

厚生労働省も
心の健康維持のために
推奨しています。

認知行動療法で大切なのは、
まず自分が見たこと、
体験したことに対して
どう反応しているかに気付くことです。

今回の哲学カフェでは、
どう反応しているかについて
客観視点で見ることができました。

哲学対話を続けると、
心が丈夫になるかもしれません。

見て見ぬふりできない時

最後にマスターから
問題提起がありました。

言い伝えであり、
真実かどうかは分からない話
だそうですが。

イタリアの独裁者、
ムッソリーニが倒された時、
奥さんも一緒に磔の刑に
されたそうです。

スカートを履いたまま、
さかさまの状態で。

周りの人が
石を投げつけたり、
罵声を浴びせる中、
一人の婦人が何も言わず、
奥さんのスカートを直して
あげたそうです。

その婦人も
独裁者に対する怒りはあっただろうし
奥さんに同情する理由はありません。

それでも見て見ぬふりができない
何かがあったのでしょう。

嘘だったとしても、
何か考えさせられる話では
ありませんか?

見て見ぬふりできない、
あるいは、
見て見ぬふりするしかない、
そう感じる時がありますか?

それはどんな時でしょうか。

こんな謎を残すのも、
哲学カフェの楽しみ方のようです。

見て見ぬふりしていることに気付けているのだろうか

なかなかまとまりませんが、
かにかまの考えを書きます。

哲学的な話をするときに難しいのは、
自分の考えを押し付けてしまう
ということではないでしょうか。

哲学の中でよく、
主観と客観
というのが話題になりますが、
しばしば人は、
「私はこう思う」
にとらわれてしまうからです。

例えば、
信じることの違いでもめる家族を見ながら、
「みんな仲良くしろよ」
という自分の考えを
押し付けようとしていたり。

そんな自分の姿に気付くためには
客観視点が必要なんですよね。

客観視点を持つことが難しいから、
人には言っているけど
実は自分自身ができていない
ということが起きるのです。

あなたももしかして、
あなた自身の姿に
「見て見ぬふり」
していませんか?

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