宗教活動にはまった大学生の末路

宗教

お元気ですか、かにかまです。
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宗教活動、興味ありますか?

「怪しい。やりたくない。関わりたくない」

ほとんどの人は興味がないと思います。

そんな宗教活動に、私は大学生の頃はまっていました。

 

宗教活動をはじめた理由

大学生の頃、宗教活動のお誘いがありました。家族がやっていた宗教です。

記事参照:『家庭内宗教戦争勃発 その時何が起こったか

家庭内での問題もあり、

「なぜ人は宗教にはまったりするのか」

と、興味があってやってみることにしました。私の好きな言葉は「何でもやってみるのさ」です。

やってみなければ分からないことって多いと思います。そしてはじめた結果、無事にはまることができました(笑)

 

何がはまる原因だったのか

宗教をやっている人たちが熱かったんですよね。

友人や家族、生き方に真剣に向き合って語る姿。そんな「熱さへのあこがれ」がはまる原因だったように思います。

必死に生きる姿勢はかっこいい。

 

宗教活動にはまって分かったこと

宗教活動にはまった私は、友人にも語り、学生団体のリーダーをするようになっていました。会社でいうと中間管理職みたいな立場です。

上の立場で活動して分かったことが3つあります。

  • 責任つらい
  • 本当は信じていない
  • 良い人でいなければという強迫観念

以下に説明します。

 

中間管理職の責任つらい

リーダーともなると責任がかかってきます。

  • 会合に何人集めるかという集客の責任
  • 次のリーダーを育てるという責任
  • 会員の人生に責任をもつということ

そんな責任がつらかったです。そんなことより家でネットゲームしていたかった

 

本当は信じていない

「祈れば叶う」

そう言われて信じることができるでしょうか?

私は信じているつもりで、心のどこかで「本当は叶うわけない」という否定をしていました。

本心では信じられていないのに、人には「祈れば叶うよ」と言う矛盾。そんな自分がつらかった。

 

良い人でいなければという強迫観念に動かされる

人には悪い感情があります。「他人の不幸は蜜の味」だったりです。

当時の私は、そうした感情を受け入れることができませんでした。「他人の不幸は蜜の味だなんて思ってはいけない」が信条でしたが、感情は思うことではコントロールできません。

悪感情が湧き上がってくる自分を、「ダメなやつだ」と責めていました。

 

自分と他人は違う

私にとってはつらい宗教活動でしたが、他の中間管理職の方の中には、とても楽しんでやっている人もいました。

仕事でも同じで、同じ仕事をしていても楽しくやれる人と、つらい人がいます。考え方や価値観の違いです。

考え方や価値観を押し付けて、無理な仕事をさせるからうつ病になったりするのではないでしょうか。向き・不向きというのもあります。

「自分は他人と同じようにはなれない」

そんな気持ちで、はまっていた宗教活動も3年でやめました

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